僕と樹
早稲田大学理工学部の中庭に
一本の立派な桜の樹があった。
その桜の樹の前のベンチでいつもその桜を眺めていた。
今の俺のベンチ飲み好きはこの頃の名残なのかもしれない。
先の東京にてのブログで書いたけど
この頃、人間最後に残るのは骨だけだ
と思っていたので
何百年も何千年も生きる樹とは
なんて完全な生き物だろうか
と思いながらその桜を眺めていた。
実際にはソメイヨシノはそんな長生きしないんだけど。
思うがままに展開していったら無茶苦茶な転調の帳尻を合わせるために間奏がひたすら長くなっていった。
アウトロもものすごく長い。
長いっていうか尺が決まってもない。
サビまでも長い。
全部で8分くらいもある。
歌詞も、すごくいいことを言ってるわけでもない。
当時、ライブハウスでのライブは30分がデフォルトだったので
8分もある曲をやると1曲削らなければいけない。
それでも、毎回ライブの最後はこの僕と樹がお決まりになった。
どんなにクソなライブでも最後に僕と樹をやればなんとか形になったからだ。
この曲には、なにか、圧倒的なものがあった。
この瞬間、確かに今ここに生きているという実感
メロディがいいわけでもない
歌詞がいいわけでもない
でも得体の知れない何かが
狙って作ろうと思っても決して作れない何かが
この曲にはある。未だに。
なんでかはわからないけど
わかるような気もする。
そういうものなんだ多分。
メロディとか歌詞とか技術とかは
皮でしかなくて
その皮の内側の得体の知れないドロドロこそ
音楽の音楽たる部分なんだと俺は思う。
ボビーと出会って
僕と樹に頼るのはやめろと言われた。
そういう曲は大事な時にだけやったほうがいいと言われた。
あの言葉がなかったら俺らはグダグダのライブでも最後に僕と樹をやって
なんとなく今日もよかったねで満足していたのかもしれない。
龍がやめそうだった時
この四人じゃなかったら僕と樹はもうやれないなと思った。
龍がやめたらもう歌うことはないだろうと。
それだけ、四人で大事に育ててきた曲だからだ。
だからこそ
龍がやめて桜井さんが入って最初のリキッドワンマン
承転結起と題したあの決意表明みたいなワンマンで
僕と樹だけは必ずやろう、と俺が言った。
今、俺らにとって
僕と樹は相変わらず、デカく悠然とそこにある。
僕と樹をやる時のあの、神聖な感じが
何者でもなくなった感じが
肉体を捨てて精神というかもはや概念みたいになったような感覚が
桜井さんの気持ちが伝わってくる
悟の気持ちが伝わってくる
壮の気持ちが伝わってくる
伝わってくるというより
まるで、ひとつの生き物になったような
20年近く経ってもずっと
最初、なんとなく雰囲気だけがあった。
サビもなくて、Aメロのなんとなくなイメージがあるだけで
もちろん歌詞もなく
だけど、これはすごい曲になる、という予感だけがあった。
予感というより確信に近い感じが。
龍と悟に聴かせたら
やっぱりピンときてなかった。
まあ当然だと思う。
生の人参を食わせて
このカレーめちゃくちゃ美味いだろ?
って言ってるようなものだったから。
当時厚木に住んでた壮は
終電が早いのでちょいちょい上井草の俺の部屋に泊まりに来ていた。
その日泊まりに来た壮に
まだ曲でもなんでもないその”予感”でしかないものを
エレキのぺろぺろの生音で、フンフンと鼻歌で聴かせた。
その後に壮はポツリと
水滴が一粒、水面に落ちるように
静かにつぶやいた。
「これは…LUNKHEADを代表する曲になるな…」
あの瞬間の
背筋が凍るような
頭の奥が痺れるような感覚を
俺は一生忘れることはない。
(壮は多分忘れてる)
(Vo.G.小高芳太朗)