この歌が終わるまで
携帯がピコンと鳴った。
ヒカリからの着信だった。
「今からちょっと会えない?」
今からって、もう23時を過ぎているんだけど…
「いいよ」
なぜかヒカリからの誘いに断ることができないのは
あいつのことを心配しているから、だけではないんだろうな。
僕とヒカリの家は自転車で5分くらいの距離だ。
その間にある公園で
小さい頃はよく一緒に遊んだものだった。
中2の秋からだろうか
ヒカリは学校に来なくなった。
だけど、たまにこうして僕には連絡してきて
だからと言って特別なことは何もなく
たわいのない話をして過ごす。
もう夜半は寒い。
元々寒がりな僕はできる限りの厚着をして
自転車に乗って公園に向かった。
ヒカリはもう到着していて
「遅いよ~」と言った。
「これでも急いだんだよ。おまえが急すぎるんだよ。
で、一体なんの用事?」
「別に、なんにもないよ。用事なんかなくたって
昔は一緒によく遊んだじゃんか。」
「あのなあ、俺らもう高校生だぞ?しかも24時前だぞ?」
「ヤミは学校の先生に向いてるね。」
そう言ってヒカリは公園の中に走っていった。
やれやれ。まったくもって聞きやしない。
夜の公園は人影もなくて
「なんかちょっとワクワクするよね」
なんて言って
ヒカリは滑り台に登っていった。
子供用の滑り台じゃ、いくら華奢なヒカリの体でも
少し窮屈そうだったけど
それでも「ヒュウッ!!」と華麗に滑っていた。
と、思ったら着地に失敗して尻餅をついた。
言わんこっちゃない。
「イタタタ…」
それ見たことかと思ったら
「ちょっと、レディが倒れてんのよ?
手を貸してよね」
と、ヒカリが言った。
僕がずっとポケットに手を入れていたからか
ヒカリが遊具を触っていたせいなのか
掴んだヒカリの手はとても冷たかった。
その細い手の冷たさが、逆に生きていることを実感させた。
ふと、ヒカリが伸ばした腕から生々しい包帯が見えた。
「おまえ…また…」
ヒカリが学校に来なくなってから
リストカットをするようになるのは知っていた。
本人から聞いていたからだ。
「なに?関係ないでしょ!」
ヒカリは僕の手を振りほどくようにそう言った。
そうだ。僕には関係ない。
関係できない。
それでも
僕は思わずヒカリを抱きしめていた。
「ねえ、知ってる?」
ヒカリは独り言のようにポツポツと呟いた。
「4分息を止めてたら、大体の人間って意識を失って
そのまま死んじゃうんだって。
たった4分だよ?今流行ってる曲をさ
息を止めて聴いてたら死ねちゃうんだよ?
それってすごく不思議だと思わない?
こんなに死にたい人が世の中に溢れていて
でも死ねない人が溢れていて
なのにそんなに簡単に死ねちゃうなんてさ。」
僕は抱きしめながら言った。
「なんにもなくてもいいから
何者でもなくていいから
頑張って幸せになんてならなくていいから
ただ、ただ生きていてほしい
無責任かもしれないけど
俺はおまえに生きていてほしいんだよ」
僕の背中にヒカリの腕がまわる感触がした。
月明かりが地面に僕らの影を作っていた。
